B線で戦うということ

今年も、あの季節がやってきた。

緊張した面持ちで東京駅を歩いている子。

急ぎ足である気ながら電話をかけている子。

スマホを握りしめてぼんやりと電車の窓の外を見ている子。

 

シューカツ、と呼ばれるものである。

 

そして、今電車の中で私の隣に座っている女子学生。

黒いスーツに清楚な化粧にポニーテール。

メモ帳に書き溜めている自己アピールをブツブツと呟いているようである。

きっとこれから、朝一番に面接を受けるのだろう。

 

私は彼女を見て、去年の就職活動を少しだけ思い出し始めていた。

悩んで、苦しんで、どうにかやり抜いた就職活動をしていた頃の私に彼女を重ねてみてしまったのだろう。

 

どうやら今年はもう5月にして多くの人が内々定なり内定なりを取っているらしい。

売り手市場なんだなあ、と思う。客観的に見たら。

去年の今頃も、今年の就職は売り手市場だ! とニュースやらネットやらで騒がれていた。

ちょうど就活生だった私は、それを知ってそうなんだ、ラッキー♪ くらいには思っていた。

 

しかし、実際に面接やグループワークが始まるとそんな楽観的にはいられなかった。

面接官の受かるか受からないか分からない微妙な反応を見てそわそわしたり、

めっちゃうまくできた! と思う面接で落とされたり、

逆にめちゃくちゃ眠いまま受けたグループ面接が通ったり。

ざっくりいうと、よくわからなかった。

もうちょっと詳しく言うと、ただただ心理戦を繰り返しているだけのようで何だか面白くなかった。

 

あーあ、就活ってよくわからん、でもやらなきゃ。

めんどくさいなあ……でも就職しないなんてありえないし。

私的には一年ふらふらしてもいいんだけどなー、ベンチャーとかでもいいんだけどなあ。

でも絶対周りは大手を推すに決まってるからなあ。

ていうか、そもそも私に周りを押し切ってまで忙しそうな環境に飛び込む勇気ないし。

 

あれやこれやと考えながら就活をしていた当時の私は

自分を上手く騙しながら上手いことやっていた、という表現にしかならない。

それだけ、今思うとあの時の自分は滑稽だった。

本当にやりたいことを隠しながら、

何とか気に入られようと多くの人が受け入れてくれそうな言葉を並べ、

自分だけど自分じゃない部分をアピールしていた。

 

本当に、滑稽だ。

 

あの頃、私が本気で悩んでいたことがある。

それは、「どうして就活ウケの悪いことばかりやっていたんだろう?」ということである。

 

周りで就活が上手く行っている人は、

英語が話せることをアピールしてグローバルで働くことを意気込んでいた。

インターンシップで実務を重ねてきて、すぐに戦力となれる経験をアピールしていた。

ゼミ活動で周りを巻き込んで何かをなし得た経験や、学んだことをどう就職先で活かすかを考えていた。

 

そんな中私は、

英語はできないままだし、

インターンシップで実務の経験なんて積んでいなかったし、

ゼミ活動もどちらかというとサポート側でアピールできるほどの経験をしてこなかった。

 

だから、それら以外の経験をアピールするしかなかった。

ライティングのこと。中学生向けのイベントスタッフをしていたこと。後輩の授業のサポートをしていたこと。

それらが評価に値しないとは思っていない。

むしろ、あの頃の私は誇らしい気持ちでそれらの経験を語っていた。

 

私は、周りと違ってこんな経験をしてきたんです。

周りが英語に取り組む中、私は違うスキルを磨いていたんです。

私は学校の外でイベントの運営や準備を頑張っていたんです。

 

私は、必死に語っていた。

どんなに周りと違うことをしてきたか、ということを。

その点をアピールすることが、周りの上手く行っている人と差別化するための術だった。

もしかしたら英語や実務経験に比べたらウケが悪いかもしれないと思いながら、

私は精一杯自分の頑張ってきたこと、考えていたこと、達成したことを語っていた。

 

しかし、結果は振るわなかった。

周りがどんどん内定を取っていく中、私は少し選考が進む程度だった。

焦った。怖かった。未来が見えなかった。

もう、どこにも就職できないんじゃないか、とまで思った。

そうなったらどうやって生きていこうか、と真剣に考えた。

そんな不安と戦う日々だった。

 

周りが内定の話で盛り上がっている中、

私は不安や焦りを悟られないようにしていた。

何かを聞かれたらボロボロと自分が崩れそうな感覚を覚えながらも、皆の話を笑って聞いていた。

何かの拍子に涙がこぼれても誤魔化せるように、わざと大げさにリアクションを取った。

 

自分が行きたいところに誰かが内定を持っていても動揺しないように。

誰かが私の就活の状況を聞いたりしないように。

今の上手く行っていない状況を悟られて、間違っても同情されることのないように。

 

あの頃の私は、今までにないくらい臆病で、傷つきやすく、崩壊寸前だった。

それくらい自分が追い詰められているのが分かっていたので、

本当に信頼を寄せている人にだけ、話を聞いてもらっていた。

そうすることで100%解決できるわけではなかったけれど、

強張っていた表情が和らぎ、就活のすべてを頑なに拒否し始めた自分の身体もほぐれていった。

 

それからも不安で居てもたってもいられなくなるような出来事や、

上手く行かずもやもやした気持ちになった出来事、

誰にも気づかれないように枕を濡らした出来事など、様々なことがあった。

 

5月も後半に差し掛かる頃、やっと私は内定をもらえた。

嬉しかった。ホッとした。安心した。

その感情は、内定を取れた喜び、というよりも他者に受け入れてもらえた喜びに近かった。

 

私が内定を取る前にあれだけ不安やを感じていたのも、

内定が取れない不安ではなく、

他者に受け入れたもらうことなどできないのではないか、という不安から来たものだったのだ、

と就活が終わってから私は気づいた。

 

内定が取れなかった頃の私は、裏切られた気分でいっぱいだった。

企業の欲しそうな経験を語っているのにも関わらず、受け入れてもらえないからだ。

大学受験までは、その大学なり高校なりが課す試験をクリアするための学力を身に着けてさえいればクリアできた。

しかし、就職活動では、企業が課す試験をクリアするための経験をいくら語ってもクリアできなかったからだ。

求めていることを差し出しているのに、それを受け取ってもらえないのは、訳が分からなかった。

 

だから私は、それを自分がしてきたことは企業ウケが悪いことだったからなんだ、という結論に達したのだった。

たしかに周りと話している経験の種類には差があるのでそう思うのは当然だった。

 

でも、それは違った、と今ならわかる。

私はあの時、「いかに周りと違う経験をしてきたか」という見た目の良さをアピールするのではなく、

「その経験の中で自分らしい行動は何だったのか」という中身で勝負するべきだったのである。

 

恋愛だって、どんなに見た目がよくても、どんなに見た目が変わっていても、

その人がどのような人か? ということがわからないと中々受け入れられない。

 

私はあの時、みんな見た目がいいことを恐れて、B線に走ったようなものだ。

どんなに見た目が良いか、ではなくどんなに変わっているかをアピールする時点で、

相手がちょっと構えてしまうのは想像に容易い。

その上、見た目が変わっているのに、やっていることが普通だったらがっかりしてしまうだろう。

きっと、バーテンダーやってます! と言っている人に得意なカクテルを作ってもらって、聞いたことのないようなお洒落なカクテルが出てくるのかと思ったらカシオレだった、くらいの落差に違いない。

B線で戦うということは、それだけ逸れているなりのエピソードが必要だったのだ。

私がB線でモテることを目指して、企業に受け入れてもらうにはそれだけハードルが高かったのだ。

それならば、私はわざわざ難しい戦い方をするのではなく、

見た目が普通でも中身で勝負する王道で戦ってみるべきだったのだ。

大したことをしていなくても、どんなに自分らしく頑張ったかを語るべきだったのだ。

 

話の派手さよりも話の中身をちゃんと考えるんだよ、ということは実は何度も言われていた。

分かっていたつもりだった。ちゃんと中身も考えたつもりだった。

でも私は真っ向勝負を恐れ、B線で戦うことを選んだ。

B線の方が人が少なく、戦いに優位だろうと思ったからだ。

しかし、それは違った。

B線の人ほどスキルが高く、経験も納得するくらいすさまじいものだったのだ。

 

確かに私はB線で戦えるような変わった経験はあった。

しかし、B線なりの装備や剣も持たず、自分らしい戦い方すらわからないまま、

私はB線試合に飛び込んでしまったのである。

勝てないのも納得である。

王道で戦うにしろ、B線で戦うにしろ、

私は「自分らしい部分は何か?」という部分が足りていなかったのだ。

私のエピソードには、自分らしい部分が少しはあったかもしれないが、

古くから使い古されているような考えや思いばかりを私は話していたのだろう。

それなら、別に特筆するような人物ではないのだから保留、ないしお断り、となるのも納得である。

 

 

就職活動を終えて約一年。

私は目の前で緊張した面持ちでいる女子学生に心の中で声をかけた。

 

「周りと比較するのではなく、自分らしさで勝負するんだよ」

 

その瞬間、彼女はパッと視線を上げた。

ばちっと目が合ったが、お互いにすぐ視線を逸らした。

それから三秒くらい経った後、彼女の顔を見ると、微笑が浮かんでいた。

 

もしかして……伝わったのかな。

私は思わずそう思ってしまった。

そんなことは絶対にないだろうけど、何かの形で伝わったらいいな、と思う。

 

もし、私と同じような想いを抱えていて苦しんでいる人がいたら。

少しでもこの文章を読んで元気を出してもらえたら嬉しいな、と思います。

 

就職活動もあと少し。

きっと、今は不安でもきっと大丈夫。戦い抜けるはず。

就職活動に勝つ方法は、自分らしいことを自分らしい言葉で語る、ただそれだけのことだから。