Co-nectに行ってきました


空白との付き合い方
余白。
何もない時間。
何も書かれていないノート。
何も予定がない日曜日。
相手からの返事を待つ時間。
待ち合わせで相手よりも早く着いた時間。
私は、そういった「空白」が好きではなかった。
わざと表しか使わず裏が真っ白にしている人のノートは、もったいないと思っていた。
何も予定がないと、この時間にも頑張っている人がいるのに私は何をしているんだと不安になった。
早く返事が欲しいのに、2日経っても3日経っても返事をくれない人にはイライラしていた。
待ち合わせ時間ぴったりに着いたのに、30分遅れる、と連絡がきた時にはうんざりしていた。
学生時代の私は、空白ができると落ち着かなかった。
何で、変な空白をつくるの。
毎日忙しく生活してるのに、何で今日は予定がないんだっけ。
ちゃんと時間通りに来てよ、無駄じゃんこの時間。
空白ができるたび、心の中では文句ばかり言っていた。
当時の私は分刻みで一日のスケジュールを立てる習慣がついていて、
空白の時間というものに長いこと触れてこなかった。
だから、私にとっての空白は、無駄であり、意味のないものであり、何としてでもなくしたいものだった。
そんな私のスケジュール帳はいつも授業やゼミ活動課外活動の予定で埋まっていた。
長期休みには新たな学びや出会いを探し求め、あれこれと人と会う約束やワークショップの予定を入れた。
長い通学時間がもったいないと感じ、電車で立ったままテキストにマーカーを引く作業をしていた。
歯医者や眼科などの待ち時間にも、スマホのメモ帳に大学で出たレポートを作っていた。
一日の初めに立てたスケジュールが、思い通りに進むととても嬉しく感じた。
やろうと思っていたことが全く終わらないと自分の裁量の悪さをひしひしと感じていた。
一分たりとも無駄に出来ないスケジュールを自分に課していたため、
時間も気持ちもどんどん余裕がなくなっていった。
ゼミ活動がある日は長々と続くグループワークに取り組み、終電に飛び乗って帰った。
授業だけの日は、空き時間の度に山ほどある授業やゼミの課題に取り組んだ。
休み時間も移動やミーティングばかりで、お昼ご飯をゆっくり食べる余裕もなかった。
それでも際限なく予定を詰め込むので、睡眠時間は削られていく一方だった。
大学のある英語の授業でうとうとしてしまい、
“You should bring coffee!” と言われてしまうこともあった。
普通の顔をしているはずなのに、どんよりしたクマのせいで、少し真面目な顔をしただけで顔怖いよ、なんて言われることもあった。
それでも私は休みを取ろうとか、何かを止めてみようとかいう考えには至らなかった。
休みの日には課題をやり、友達と会う時にも「ごめん、10分待って!」と業務連絡を飛ばしたりしていた。
どんどん、どんどん、プライベートと授業や課題とのバランスが取れなくなっていった。
そんな生活をしているある日の終電の電車の中だった。
いつもは座れたらすぐさまノートパソコンを取り出すのだが、
その日はどうしても何かをする気分にはなれず、ぼんやりと席に座っていた。
ふと、思った。
なんで、こんなに時間に余裕がないんだろう。
なんで、こんなに自分の時間を他の人のためばかりに使っているんだろう。
なんで、空いている時間は無駄だ、って思うようになったんだっけ。
なんで、今これやっているんだっけ。
あれ、いつから私は何もない日がないんだろう。
その答えは、出なかった。
何をやるにしても、自分なりの意義や目的をもって取り組んでいたはずなのに、
今自分が余裕のないスケジュールで生活している理由が見いだせなかった。
小さな違和感さえも抱く暇もないくらい、切羽詰まった生活をしていたことに初めて気づいた。
それでも私は特に自分にとっては大きな支障がなかったのでそのままの生活を続けた。
まあ問題ないでしょ、と違和感を覚えなかったことにしようとした。
しかし、体は正直だった。
ある日の夕方から腹痛に襲われ、トイレに籠りっぱなしになった。
そんなことになっても、私は寝てれば治るだろうと思っていた私は、いつもと変わらず夜遅くまで後輩から頼まれていた文章の添削をしてから寝た。
ところが、予想に反し翌日も体調は悪くなる一方だった。
その日もやることはいくらでもあったのが、さすがにそれらに取り組む元気はなく、焦燥感に駆られていた。
行ったら何とかなるかもとすがる思いで向かった病院で私は絶望した。
「あー、胃腸炎ですね。今日一日は安静にしていてくださいねえ」
こんなの何とかなるどころか何もしないように、と言われてしまったようなものだ。
しかし、病院の先生の言いつけのとおりにしなくていいわけがないので、
泣く泣く私はその日の予定に関わっていた人にお詫びの連絡を入れ、
さらに添削を頼んできた他の後輩には、事情を説明して断った。
次の日もまだ全快とはいかなかったので、あちこちの予定をキャンセルした。
この時、私は自分史上、一番忙しかったこの時期に穴をあけてしまった。
無駄を無くそうと無理をしていたせいで、逆に迷惑をかけてしまった。
その事実がいたたまれなく、なんとも情けない気持ちになった。
こうして私は初めて隙がなくて余裕もない生活の不安定さを感じた。
毎日忙しくしている生活は、客観的に見ると
凄く見えるかもしれない。
効率的に思えるかもしれない。
しかし、実情は少しつつくだけで崩れてしまうくらい脆いものだ。
一分一秒を惜しむくらい予定を詰め込んでいると、
稼働時間は長いので次から次へとやるべきことが終わる。
しかし、ひとつ予定がずれると、その後の予定にも影響が出る。
その次の予定までの時間に余裕がなければ、さらにそこにも影響が出る。
余裕の無い生活は、それくらいリスクのある過ごし方だった。
もし、1時間も空いている時間があったら、そこで少しは調整することができたかもしれない。
もし、一日空いている日があったら、大幅に予定がずれても調整できたかもしれない。
胃腸炎で予定が狂ってしまったあの時、私は何度も少しだけでも余裕があれば……と思った。
あれこれと考え、すっかりそれまでの生活の仕方を反省した私は、その後から少しずつ余裕を持って予定を組むことにした。
ゆっくりと生活の仕方を変えていくため、一つずつ行動を改めていった。
他人から頼まれていたことは全てイエスと言っていったが、自分が本当にやりたいことのみにイエスと言うことにした。
一週間のうち、半日は何も予定を入れない日を作った。
メッセージが来るとすぐに返していたSNSは、使う時間を決めて返事をした。
最初は、こうすることで生まれる空白の時間が、何か悪いことをしているようで後ろめたい気分になった。
なんだか自分は楽をしてしまっているのではないか、とも思った。
今までは、余裕がない生活で何かを頑張っている、必死さを支えにしていたため、
その頑張っている感覚が徐々に薄れていくのは少し怖くもあった。
しかし、空白の時間を取るようになってから、
その頑張っている感覚の代わりに、小さな幸福感を覚えるようになった。
電車の中でスマホを見ずに窓の外を見て、
綺麗な夕焼けが広がっていることに気づけた時。
空いている時間に自分がこれからしたいことを考えて、今まで気づかなかった自分の想いを見つけた時。
時間ぴったりに作業を始めていたのを、一曲音楽を聴いてから始めるようになりノリノリで作業できるようになった時。
いいなあ、とか幸せだなあ、とか思った。
空白の時間を作るようにしてから、
そんな風に思う機会が増えていった。
最初は、なんかいいかも、くらいに思っていた幸福感だった。
そのうちにじわじわと心に染み渡るような幸福感となっていった。
小さな幸せを感じるたびに、心がぽかぽかと温まるような気がした。
それまでは、空白は無駄がないはずの時間の中で突如生まれてしまうものだったので、私の中で悪でしかなかった。
しかし、今では空白を楽しむ方法が分かってきて、空白の時間ができるとちょっとわくわくして、空白の時間を上手く使えた時などはむしろ得をしている気分になった。
自分で作り出した空白の時間は、
自分の本当に好きなことをやる時間にもなった。
大好きな小説を読んだり、会えずにいた友達と会う時間に充てたり、ゆっくり寝る時間を取るようにした。
自分が作った空白で何かを考えたりするようになってから、周りの人や事象に囚われすぎず、自分が自分の意志でやることやらないことを選択し、生活していると思えるようになった。
空白は無駄ではなく、自分が小さな幸せを感じられるようになるために必要なことだと思えるようになった。
空白がどうしても嫌いだった私が、今では空白が愛しいと思うくらい、空白というものが好きになった。
なんか、こっちの方が人間らしいのかも。なんて思うようにもなった。
私の相変わらず予定をたくさん詰めたがるところは変わらないけれど、突然できてしまった空白の時間でも、新しい発見があったり、楽しいことを考えたりできるようになった今は、うまく言えないけれどなんかちょっといい感じなんじゃないかと思う。
必死に頑張る自分も嫌いじゃなかったけれど、
小さな幸福に気づけるようになった自分になれてよかったな、なんて思う。
毎日無駄なく忙しく過ごしていた頃には、
いつもより少しだけスッキリ起きれたり、
いつもより肌の調子が良かったり、
いつもより風が気持ちいいと感じたり、
いつもよりお米が美味しいと感じたり、
いつもよりたくさん笑えたことに対して
嬉しいとか幸せとか全く感じていなかったと思う。
そういったことに、
あ、今ちょっと幸せだ。
と気づけるようになったのは、
やっぱり嬉しい。
必死で毎日を生きて、極限の中で得ることができる学びや気づきももちろんあるけれど、私はゆるっとした空白の時間の中でも幸せを見つけようと探し続けることにも意味はあるんじゃないかなと思う。
もしかしたら、空白を無駄にするか、小さな幸福を見つける時間にするかは、
自分自身の考え方次第なのかもしれない。
それなら私は、これからも自分で空白の中に
小さな幸福を探し続けたいと思う。
明日は、どんな小さな幸せが見つかるかな。
B線で戦うということ
今年も、あの季節がやってきた。
緊張した面持ちで東京駅を歩いている子。
急ぎ足である気ながら電話をかけている子。
スマホを握りしめてぼんやりと電車の窓の外を見ている子。
シューカツ、と呼ばれるものである。
そして、今電車の中で私の隣に座っている女子学生。
黒いスーツに清楚な化粧にポニーテール。
メモ帳に書き溜めている自己アピールをブツブツと呟いているようである。
きっとこれから、朝一番に面接を受けるのだろう。
私は彼女を見て、去年の就職活動を少しだけ思い出し始めていた。
悩んで、苦しんで、どうにかやり抜いた就職活動をしていた頃の私に彼女を重ねてみてしまったのだろう。
どうやら今年はもう5月にして多くの人が内々定なり内定なりを取っているらしい。
売り手市場なんだなあ、と思う。客観的に見たら。
去年の今頃も、今年の就職は売り手市場だ! とニュースやらネットやらで騒がれていた。
ちょうど就活生だった私は、それを知ってそうなんだ、ラッキー♪ くらいには思っていた。
しかし、実際に面接やグループワークが始まるとそんな楽観的にはいられなかった。
面接官の受かるか受からないか分からない微妙な反応を見てそわそわしたり、
めっちゃうまくできた! と思う面接で落とされたり、
逆にめちゃくちゃ眠いまま受けたグループ面接が通ったり。
ざっくりいうと、よくわからなかった。
もうちょっと詳しく言うと、ただただ心理戦を繰り返しているだけのようで何だか面白くなかった。
あーあ、就活ってよくわからん、でもやらなきゃ。
めんどくさいなあ……でも就職しないなんてありえないし。
私的には一年ふらふらしてもいいんだけどなー、ベンチャーとかでもいいんだけどなあ。
でも絶対周りは大手を推すに決まってるからなあ。
ていうか、そもそも私に周りを押し切ってまで忙しそうな環境に飛び込む勇気ないし。
あれやこれやと考えながら就活をしていた当時の私は
自分を上手く騙しながら上手いことやっていた、という表現にしかならない。
それだけ、今思うとあの時の自分は滑稽だった。
本当にやりたいことを隠しながら、
何とか気に入られようと多くの人が受け入れてくれそうな言葉を並べ、
自分だけど自分じゃない部分をアピールしていた。
本当に、滑稽だ。
あの頃、私が本気で悩んでいたことがある。
それは、「どうして就活ウケの悪いことばかりやっていたんだろう?」ということである。
周りで就活が上手く行っている人は、
英語が話せることをアピールしてグローバルで働くことを意気込んでいた。
インターンシップで実務を重ねてきて、すぐに戦力となれる経験をアピールしていた。
ゼミ活動で周りを巻き込んで何かをなし得た経験や、学んだことをどう就職先で活かすかを考えていた。
そんな中私は、
英語はできないままだし、
インターンシップで実務の経験なんて積んでいなかったし、
ゼミ活動もどちらかというとサポート側でアピールできるほどの経験をしてこなかった。
だから、それら以外の経験をアピールするしかなかった。
ライティングのこと。中学生向けのイベントスタッフをしていたこと。後輩の授業のサポートをしていたこと。
それらが評価に値しないとは思っていない。
むしろ、あの頃の私は誇らしい気持ちでそれらの経験を語っていた。
私は、周りと違ってこんな経験をしてきたんです。
周りが英語に取り組む中、私は違うスキルを磨いていたんです。
私は学校の外でイベントの運営や準備を頑張っていたんです。
私は、必死に語っていた。
どんなに周りと違うことをしてきたか、ということを。
その点をアピールすることが、周りの上手く行っている人と差別化するための術だった。
もしかしたら英語や実務経験に比べたらウケが悪いかもしれないと思いながら、
私は精一杯自分の頑張ってきたこと、考えていたこと、達成したことを語っていた。
しかし、結果は振るわなかった。
周りがどんどん内定を取っていく中、私は少し選考が進む程度だった。
焦った。怖かった。未来が見えなかった。
もう、どこにも就職できないんじゃないか、とまで思った。
そうなったらどうやって生きていこうか、と真剣に考えた。
そんな不安と戦う日々だった。
周りが内定の話で盛り上がっている中、
私は不安や焦りを悟られないようにしていた。
何かを聞かれたらボロボロと自分が崩れそうな感覚を覚えながらも、皆の話を笑って聞いていた。
何かの拍子に涙がこぼれても誤魔化せるように、わざと大げさにリアクションを取った。
自分が行きたいところに誰かが内定を持っていても動揺しないように。
誰かが私の就活の状況を聞いたりしないように。
今の上手く行っていない状況を悟られて、間違っても同情されることのないように。
あの頃の私は、今までにないくらい臆病で、傷つきやすく、崩壊寸前だった。
それくらい自分が追い詰められているのが分かっていたので、
本当に信頼を寄せている人にだけ、話を聞いてもらっていた。
そうすることで100%解決できるわけではなかったけれど、
強張っていた表情が和らぎ、就活のすべてを頑なに拒否し始めた自分の身体もほぐれていった。
それからも不安で居てもたってもいられなくなるような出来事や、
上手く行かずもやもやした気持ちになった出来事、
誰にも気づかれないように枕を濡らした出来事など、様々なことがあった。
5月も後半に差し掛かる頃、やっと私は内定をもらえた。
嬉しかった。ホッとした。安心した。
その感情は、内定を取れた喜び、というよりも他者に受け入れてもらえた喜びに近かった。
私が内定を取る前にあれだけ不安やを感じていたのも、
内定が取れない不安ではなく、
他者に受け入れたもらうことなどできないのではないか、という不安から来たものだったのだ、
と就活が終わってから私は気づいた。
内定が取れなかった頃の私は、裏切られた気分でいっぱいだった。
企業の欲しそうな経験を語っているのにも関わらず、受け入れてもらえないからだ。
大学受験までは、その大学なり高校なりが課す試験をクリアするための学力を身に着けてさえいればクリアできた。
しかし、就職活動では、企業が課す試験をクリアするための経験をいくら語ってもクリアできなかったからだ。
求めていることを差し出しているのに、それを受け取ってもらえないのは、訳が分からなかった。
だから私は、それを自分がしてきたことは企業ウケが悪いことだったからなんだ、という結論に達したのだった。
たしかに周りと話している経験の種類には差があるのでそう思うのは当然だった。
でも、それは違った、と今ならわかる。
私はあの時、「いかに周りと違う経験をしてきたか」という見た目の良さをアピールするのではなく、
「その経験の中で自分らしい行動は何だったのか」という中身で勝負するべきだったのである。
恋愛だって、どんなに見た目がよくても、どんなに見た目が変わっていても、
その人がどのような人か? ということがわからないと中々受け入れられない。
私はあの時、みんな見た目がいいことを恐れて、B線に走ったようなものだ。
どんなに見た目が良いか、ではなくどんなに変わっているかをアピールする時点で、
相手がちょっと構えてしまうのは想像に容易い。
その上、見た目が変わっているのに、やっていることが普通だったらがっかりしてしまうだろう。
きっと、バーテンダーやってます! と言っている人に得意なカクテルを作ってもらって、聞いたことのないようなお洒落なカクテルが出てくるのかと思ったらカシオレだった、くらいの落差に違いない。
B線で戦うということは、それだけ逸れているなりのエピソードが必要だったのだ。
私がB線でモテることを目指して、企業に受け入れてもらうにはそれだけハードルが高かったのだ。
それならば、私はわざわざ難しい戦い方をするのではなく、
見た目が普通でも中身で勝負する王道で戦ってみるべきだったのだ。
大したことをしていなくても、どんなに自分らしく頑張ったかを語るべきだったのだ。
話の派手さよりも話の中身をちゃんと考えるんだよ、ということは実は何度も言われていた。
分かっていたつもりだった。ちゃんと中身も考えたつもりだった。
でも私は真っ向勝負を恐れ、B線で戦うことを選んだ。
B線の方が人が少なく、戦いに優位だろうと思ったからだ。
しかし、それは違った。
B線の人ほどスキルが高く、経験も納得するくらいすさまじいものだったのだ。
確かに私はB線で戦えるような変わった経験はあった。
しかし、B線なりの装備や剣も持たず、自分らしい戦い方すらわからないまま、
私はB線試合に飛び込んでしまったのである。
勝てないのも納得である。
王道で戦うにしろ、B線で戦うにしろ、
私は「自分らしい部分は何か?」という部分が足りていなかったのだ。
私のエピソードには、自分らしい部分が少しはあったかもしれないが、
古くから使い古されているような考えや思いばかりを私は話していたのだろう。
それなら、別に特筆するような人物ではないのだから保留、ないしお断り、となるのも納得である。
就職活動を終えて約一年。
私は目の前で緊張した面持ちでいる女子学生に心の中で声をかけた。
「周りと比較するのではなく、自分らしさで勝負するんだよ」
その瞬間、彼女はパッと視線を上げた。
ばちっと目が合ったが、お互いにすぐ視線を逸らした。
それから三秒くらい経った後、彼女の顔を見ると、微笑が浮かんでいた。
もしかして……伝わったのかな。
私は思わずそう思ってしまった。
そんなことは絶対にないだろうけど、何かの形で伝わったらいいな、と思う。
もし、私と同じような想いを抱えていて苦しんでいる人がいたら。
少しでもこの文章を読んで元気を出してもらえたら嬉しいな、と思います。
就職活動もあと少し。
きっと、今は不安でもきっと大丈夫。戦い抜けるはず。
就職活動に勝つ方法は、自分らしいことを自分らしい言葉で語る、ただそれだけのことだから。
二冊目のスケッチブックを始めようと思います
こんにちは。
生活が落ち着いてきたので、記事をまた書き始めようと思います。
私は、とある書店でスケッチブックをサブタイトルに記事を書いていました。
読書が好きで、言葉が好きで、書くことが大好きだったからです。
そこで書いた記事は十数本で少ないものでしたが、そこで、自分が書いた文章に誰かが共感してくれること、誰かの背中を押すことがあること、誰かに楽しみにしてもらえることが嬉しくて、ずっと書き続けていました。
今年の3月に私はその書店を卒業してしまったので、新しく書く場所を創ろう、ということでブログを始めました。
日々考えることや思うこと。
それらをスケッチブックに描くように、自由にのびのびと想いを描き、大切な人に寄り添うような文章を書けたらいいなと思っています。
二冊目のスケッチブック。
どうぞ、よろしくお願い致します。